最高裁判所第三小法廷 昭和60年(あ)1591号 判決 1989年7月18日
主文
原判決及び第一審判決を破棄する。
被告人両名は無罪。
理由
弁護人小栗孝夫、同小栗厚紀の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、その実質はすべて単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
しかしながら、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決及び第一審判決は以下の理由により破棄を免れない。
一 本件公訴事実の要旨は、次のとおりである。すなわち、被告人株式会社甲(以下「被告会社」という。)は、昭和四一年六月六日設立された有限会社甲を昭和四七年一月五日株式会社に組織変更し、右有限会社甲がその設立当初から静岡市<住所省略>において営んでいた特殊公衆浴場「△△△」(以下「本件浴場」という。)の営業を承継して昭和五六年四月二六日まで同所において引き続き右浴場を経営していたもの、被告人乙(以下「被告人」という。)は、右有限会社甲及び被告会社の各代表取締役等としてその経営全般を掌理するとともに、本件浴場従業員等を指揮監督していたものであるが、被告人において、被告会社の右業務に関し、静岡県知事の許可を受けないで、昭和四一年六月六日から昭和五六年四月二六日までの間、本件浴場で、所定の料金を徴収して、多数の公衆を入浴させるなどし、もって、業として公衆浴場を経営したものである。
二 第一審判決は、被告会社及び被告人を右公訴事実につき有罪とし、原判決は、被告会社については、その控訴を棄却し、被告人については、第一審判決に法令適用の誤りがあるとして、これを破棄したが、自判して右公訴事実につき有罪とした。
三 ところで、本件浴場については、昭和四一年三月一二日に被告人の実父Aが静岡県知事の公衆浴場法二条一項の許可(以下「営業許可」という。)を受けており、被告会社の代表者であった被告人が昭和四七年一一月一八日付で右許可の申請者をAから被告会社に変更する旨の静岡県知事あての公衆浴場業営業許可申請事項変更届(以下「変更届」という。)を静岡市南保健所に提出し、同保健所は同年一二月九日にこれを受け付け、同月一二日に静岡県知事に進達し、同日同知事より変更届が受理され(以下「変更届受理」という。)、その結果公衆浴場台帳の記載がその旨訂正されているのであって、これらの事実は、原判決も認定しているところであり、この限度では全く争いがない。原判決は、変更届受理には重大かつ明白な瑕疵があり行政行為としては無効であるから、これによって被告会社が営業許可を受けたものとはいえないとしたうえ、変更届受理後の被告会社による本件浴場の営業についても、被告人には被告会社が営業許可を受けていないことの認識があったと判示している。
しかしながら、変更届受理によって被告会社に対する営業許可があったといえるのかどうかという問題はさておき、被告人が変更届受理によって被告会社に対する営業許可があったと認識し、以後はその認識のもとに本件浴場の経営を担当していたことは、明らかというべきである。すなわち、記録によると、被告人は、昭和四七年になりAの健康が悪化したことから、本件浴場につき被告会社名義の営業許可を得たい旨を静岡県議会議員B(以下「B県議」という。)を通じて静岡県衛生部に陳情し、同部公衆衛生課長補佐Cから変更届及びこれに添付する書類の書き方などの教示を受けてこれらを作成し、静岡市南保健所に提出したのであるが、その受理前から、同課長補佐及び同保健所長Dらから県がこれを受理する方針である旨を聞いており、受理後直ちにそのことがB県議を通じて連絡されたので、被告人としては、この変更届受理により被告会社に対する営業許可がなされたものと認識していたこと、変更届受理の前後を問わず、被告人ら被告会社関係者において、本件浴場を営業しているのが被告会社であることを秘匿しようとしたことはなかったが、昭和五六年三月に静岡市議会で変更届受理が問題になり新聞等で報道されるようになるまでは、本件浴場の定期的検査などを行ってきた静岡市南保健所からはもちろん誰からも被告会社の営業許可を問題とされたことがないこと、昭和五六年五月一九日に静岡県知事から被告会社に対して変更届ないしその受理が無効である旨の通知がなされているところ、被告会社はそれ以前の同年四月二六日に自発的に本件浴場の経営を中止していること、以上の事実が認められ、被告人が変更届受理によって被告会社に対する営業許可があったとの認識のもとに本件浴場の経営を担当していたことは明らかというべきである。なお、原判決が指摘する昭和四一年法律第九一号による風俗営業等取締法の改正、同年静岡県条例第五六号による同県風俗営業等取締法施行条例(昭和三四年同県条例第一八号)の改正、昭和四二、三年ころの被告人による顧問弁護士に対する相談、B県議の関与などの諸点は、右認定を左右するものではない。
してみると、本件公訴事実中変更届受理後の昭和四七年一二月一二日から昭和五六年四月二六日までの本件浴場の営業については、被告人には「無許可」営業の故意が認められないことになり、被告人及び被告会社につき、公衆浴場法上の無許可営業罪は成立しない。また、変更届受理前の昭和四一年六月六日から昭和四七年一二月一二日までの本件浴場の営業については、右罪の公訴時効の期間は刑訴法二五〇条五号、公衆浴場法八条一号、一一条により被告人及び被告会社の双方につき三年であるところ、検察官が本件公訴を提起したのは昭和五六年九月一一日であるから、公訴時効が完成していることが明らかである。
四 そうすると、被告人につき「無許可」営業の故意を認め、被告人及び被告会社を有罪とした第一審判決及び原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。そして、本件については、当審において自判するのが相当であるところ、本件公訴事実中公訴時効が完成している部分については、一罪の一部として起訴されたものであるから、主文において特に免訴の言渡を必要としないので、被告会社及び被告人に対し無罪の言渡をすべきものである。
よって、刑訴法四一一条三号、四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
検察官関場大資 公判出席
(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己)